霊と真理による礼拝・天的エクレシアの実際

2016年10月 3日 (月)

あなたはどこにいるのか(3)

「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。・・・真の礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。」(ヨハネ4:21-23)

この山でも、エルサレムでもなく・・・

クリスチャンの交わりを求める時に、この御言葉は筆者の心に常に警告のように響く。霊と真理によって天におられるまことの父を礼拝する、その真の礼拝は、他でもなく信者の心の中にあり、まさに筆者自身の中に存在するのである。

だから、自分自身の中にキリストをいただいている者が、あの山、この山、エルサレム、はたまた聖地と名のつく様々なセンターを訪ね歩く必要は全くない。

さて、前回の記事で、ある愛に溢れた姉妹との交わりと、彼女の突然の死について触れたが、少しだけそれを補足したい。

彼女にまつわる思い出にはさまざまな不思議が溢れている。まず、彼女の死は、彼女自身にとっては決して思いがけないことではなかった。彼女は死に対して万全の備えをしており、遺書から、墓から、何もかも生前に準備を完了していた。しかも、生前から、長い間、病み患いながら生きていたいという願いを彼女は持っておらず、特に終末の時代になる前に召されたい、という願いを、筆者の前でもよく口にしていた。だから、ほとんど苦しむことなく天に召されたのは、周囲の人々にとっては残念でも、彼女の願いが叶えられた結果だったと言えるだろう。

前の記事に書いたように、彼女の葬儀の日、葬儀場から出たバスが、渋滞で進みそうにもないので、筆者が途中で降りて、鎌倉の土産物屋に入ったのも、偶然ではなかった。ちょうどその頃、筆者は、家族の誕生日に向けて、家でプレゼントを用意していたのだが、少し前に、その中に入れようと思っていた他ならぬ鎌倉の土産物屋で買ったお菓子が、賞味期限が切れており、送れないことが判明したのだった。

新しいものを買わねばならないが、鎌倉へなど行く用事がなく、そんな時間もない・・・。当時、仕事に明け暮れていた筆者がそう残念がっていたところ、折しも彼女の葬儀の日、バスが思いがけなく懐かしい観光地を通り過ぎたのである。まさしく主の采配と感じられた。そうして、プレゼントは揃った。

筆者には、神が筆者の必要を覚えて下さり、不思議な形でそれを満たして下さったことが喜びでならなかった。そんなわけで、葬儀のように悲しい出来事が起きている最中にさえ、事この姉妹に関しては、まるで天から恵みが降り注ぐような有様であった。

彼女の葬儀の日、バスを降りて後、筆者は喪服のまま、一人で海や、観光地や、思い出のコースを巡り歩いた。ゴールデンウイーク中だから、どこもかしこも観光客が溢れ、江ノ電も満員であった。そんな観光地での喪服の一人歩きは、さぞかし場違いであろうと思われるのに、まるで幽霊人間にでもなったように、誰一人として注意を払う者もなかった。

その思い出の場所に、数ヶ月後に、今度はロシアの学者たちが訪れて来た。筆者が紹介した思い出の場所の一つ一つは、彼らの感嘆を呼び起こし、こうして、その場所は、全く別の思い出へと変えられるのだが、そんなことになるとは、当時は夢にも想像せず、ただ親しい友が一人地上から取り去られたことを寂しく思いながら、思い出の記憶を辿っていただけであった。

筆者の当時の心の思いは、神の他には知る人もなく、葬儀の場に訪れていた見知らぬ大勢の人たちとも、思い出を分かち合うことはなかった。だが、神はたとえ信者が口にせずとも、信者の心の中で起きていることのすべてをご存知で、悲しみを慰めに変え、失意を喜びに変え、欠乏を豊かに補い、孤独を祝福で満たして下さろうと、常に愛をもって待ち構えておられることが、あらゆる出来事を通して分かるのである。

しかし、同時に、神は決して信者の心が、人や、物、場所に執着することを望んでおられない。この姉妹との交わりも、束の間のようであり、彼女は、「ただ神だけに信頼を置くように」という忠告を残して地上から去って行った。

彼女は、筆者の働き方を見て、そのようにまで苦労して働かなくてはならない生き方に疑問を持っていた。それは筆者も同じであった。ある時期まで、筆者はこの国の年々悪化していく雇用情勢に絶望感を覚え、国外に出れば事情は変わるのではないかと思い、かなりあけすけにその希望を周囲の兄弟姉妹に語っていたこともあった。

そんな中、まるで渡りに船のように、ある時、筆者に海外出張を提案して来た会社があった。仕事に採用される条件として、モスクワ出張に応じよというのである。しかも、かなり長い期間の出張を想定しているようであった。

以前の筆者ならば、その提案に喜んで飛びついたであろうと思う。筆者はそれまでに幾人もの知り合いの兄弟姉妹に向かって、いかにこの国にとどまることに希望がないか、という話をしており、一度は、ロシアの知り合いが、まるでその確信を補強するように、日本に居続けても将来がないので、早くモスクワに来なさい、と筆者を説得する始末だった。あまりにも彼らが親切に道を整えてくれたので、本当に、二度と戻って来ない決意で国を出る直前のところまで行った。

そんな筆者が決心を翻したのは、自分自身で何年かぶりにロシアを下見に行ったことがきっかけであった。飛行機が離陸する直前、富士山が窓からきれいにくっきりと見え、あたかもその旅路が、神に大いに祝福されているように感じられた。富士山が大好きだった亡くなった姉妹のことを思い出し、まるで彼女が天から見守り、背中を押してくれているようだと感じた。

しかしながら、どういうわけか、その短い旅の最中に、筆者の心境に大きな変化が起きて、ロシアに行けば、すべてが見違えるように変わることは決してあり得ない、という当然の結論に至った。別に、モスクワに失望したわけでもなければ、その旅が期待外れだったわけでもなく、ロシアは以前に筆者が知っていた頃よりも、格段に印象良くなっていた。この調子だと、悪評高いロシア的な無秩序と混沌も、間もなく数年のうちには駆逐されるのではないかという変わりようであった。

にも関わらず、これは何かが違うぞという気がしたのである。かつてアッセンブリーズ教団や、KFCや、ベック集会に信徒の交わりを見いだせるのではないかと模索していた頃と同じように、またしても、今度は別の種類の「この山、エルサレム」に心を惹かれているだけだ、という気がしてならなかったのである。

正しい順序はそれとは逆でなければならない。筆者が「あの山、エルサレム」に出向くのではなくて、「あの山、エルサレム」の方がこちらへ向かって来なければならない。もし、山やエルサレムがどうしても本当に必要だというのであれば、それは信仰によって呼び出すのだ。ちょうど、山をも動かす信仰について、聖書で語られているように。

一体、筆者が何を言おうとしているのか全く理解できない、何を馬鹿馬鹿しい作り話を並べているのか、という人もあるかも知れない。多分、これを誰にでも分かるように説明するのは無理であろう。

信者にあっては、すべては信仰によってのみ、始められるべきなのである。信者が地上にあるあの山この山に執着し、この聖地に行って跪いて祈れば、そこから祝福された偉業が始まるだろう、などと思っているならば、そんなことは決して起きない。そうではなくて、キリスト者の霊の内に、彼の信仰の中にこそ、すべてを引き起こす鍵があり、信者の内に住んでおられるキリストからのみ、すべてが始まらなければならないのである。

だから、目に見えるものに心惹かれ、自分にはあれが足りない、これが足りない、あそこへ行きさえすれば、あれがありさえすれば、あのような人と出会えさえすれ、すべては見違えるように変わるだろう・・・、などと考える前に、信者はまず自分の内に住んでおられるキリストこそ、「栄光の望み」であって、この方の内にこそ、全てを呼び出す秘訣がある、という原点に立ち戻らなければならないのである。

一歩まかり間違えば、このような言説を聞いた人は、あなたは自分を超人とみなしているのか、と言いかねないであろう。自分を何様だと思っているのか、神だとでも思っているのか、と問われるかも知れない。

だが、クリスチャンは神の子であり、主イエスの御名を通して、天の父なる神に、何でも願い出ることのできる特権を与えられている。御名の権威を行使する権限が与えられているとは、信者がキリストご自身と一体であり、キリストの権威を代理で行使するよう委ねられていることを意味する。

さて、前述したモスクワ出張を提案して来た会社は、残業代は出ない、と但し書きをつけた。つまり、無賃で長時間残業せよと、あからさまに筆者に向かって言うのである。その時点で、この道はやはり主の道ではない、と筆者は思った。そこで、筆者は自分の家には色々なペットが住んでおり、一日に一回は必ず世話をせねばならないので、帰宅しないわけにはいかないと語ったところ、彼らにはそれがいたく心外だった様子で、表情ががらりと変わった。まるで、筆者のようなさして裕福にも見えない未熟な若者が、ペットを飼っているなど、許されない贅沢である、とでも言いたげな表情であった。

筆者は平然と言った、誰にでも個人としての生活がありますからね、子供を持って働いているお母さんだっていますし、仕事だけが人間にとっての全てではない。人として豊かな生活を送るために、誰しも工夫すべきですよ、と。

彼らは口にこそ出さなかったが、目下の年若い人間から思いがけなく聞かされたこの「説教」に憤慨した様子であった。内心では、筆者のことを、働く覚悟が全く足りない甘えた人間、プチブル、労働者の敵、とみなしているようであった。

本当はその時、ペットのみならず、筆者の家には、観葉植物もたくさんあり、しかも、普通の値段で買えば、一つに一万円以上の値がつきそうな大型の植物もあった。その上、バイクもあれば、車もあり、家そのものも、何カ月も閉め切って放置するわけにはいかないのだ。

にも関わらず、こんな悪徳企業に万が一にも身を委ねるようなことがあれば、植物はみな枯れ、ペットは手放さざるを得なくなり、車などは長いこと放置したために余計な修理が必要となり、家は老朽化し、長時間残業のためにアフターファイブなど夢のまた夢となり、友人や信者との交わりも不可能となり、仮にもし子供でも身ごもろうものならば、まるで犯罪でも犯したかのように責め立てられ、子供も生まれる前にいじめ抜かれて殺されてしまうであろう、しかも、そこまで耐え忍んだ挙句に、毎月、口座に振り込まれる給与は、どんなに残業しても初任給のまま変わらないのである・・・と、そんな風に、まだ何も起こらない前から、そういう筋書きになるであろうことがはっきりと頭の中で思い描けた。大体、ペットを飼っていることすら罪悪とみなされるような企業で、誰が結婚して子供を産むことなどできようか。生きて人生を楽しんでいることさえ罪深い所業とみなされ断罪されるのであろう。

マモン(悪魔)に支配されるこの世の経済も、こんなにも厚かましい要求を出会いがしらの人間にぶつけて来るとは、いよいよ彼らの支配も煮詰まって来た模様だ、と筆者は思った。敵は相当に焦っているらしい。

筆者は表立って対立こそしなかったが、本心を偽らず、彼らの失望を呼び起こす数々のネガティブな制約を列挙して、この会社の人々が筆者に何の期待も抱かないように釘を刺した。社会勉強も足りない若者のくせいに、甘えている、自己中心だ、働く覚悟が足りない、と思いたいなら、勝手に思いなさい。無賃の奴隷的労働は、そもそも労働とは呼べない。無給で自分を奴隷に差し出してまで、筆者には仕事に志願する必要もなければ、国外に逃れる必要もない。奴隷労働によって殺されることに比べれば、何もしない方がまだましである。ペットや植物も、筆者の家族の一員であり、筆者にはこれらを管理し、守る義務がある。いと小さき命も守れない環境で、どうして自分を守ることなどできよう。あなた方は、本質的に人殺しである。それが筆者に分からないと思うか。

人々は言うだろう、それでは、あなたは悪魔が猛威を振るい、世の情勢がますます悪化して、まともな仕事がますます減って行く時に、どのようにして生計を維持するつもりかと。そんなに自分を高く見積もって、えり好みばかりして、本当に大丈夫なのかね? と。

それに対しては、筆者はこう答えるだけだ。「あなたがたの提案する方法では、どうせ誰も生きのびられやしませんよ。そもそもの最初から、残業代は出ない、などと脅して来る企業が、賃金だけはまともに払うと思うほど、こちらも浅はかで愚かではないんでね。そういう連中は、みな本質的に詐欺師であって、殺人者ですよ。そのうち彼らはきっとこう言うんです、企業が株で大損して巨額の負債が出来たから、これを切り抜けるために、社員同士で負債を山分けしてくれと。賃金を払うどころか、金を寄越せと、脅して来るんですよ。我が国の経済は、まだその一歩手前でとどまっていますが、あと数年のうちに、どうせそういう話になるのは分かり切っているんです。

カラクリは教会と一緒です。信徒の人数に見合わない、採算も取れないような、豪華礼拝堂の建設など、まるで身勝手かつ無意味で強欲な計画を次から次へと立てておいて、そこへ詐欺師たちが群がって、ありもしないプロジェクトをさんざんぶち上げておいて、その夢もかなわず、最後には途方もない借金だけを抱えることになるわけです。しかも、その時になると、都合よくその借金を教会債という形で信徒に押しつけようとするんです。そんな場所に居残って、借金返済の道具とされて生きることが、信仰生活と呼べますか? それがクリスチャンの正しい生き方だと思いますか。誰も思いませんよ。その何が神の選民なものですか。

国も企業もこれと同じですよ。今、国が同じことをやっているじゃないですか。安いエネルギー源だと喧伝していたものが、巨大な爆発事故を起こして、巨額の負債が生まれたら、これを都合よく国民の連帯責任として、みんなに押しつけようというわけですよね…。国がこれだから、企業だって当然、同じことをやります。次から次へと勝手なプロジェクトをぶち上げておきながら、その失敗のツケはみんな弱い者に回し、組織の存続のために人身を犠牲にしようとして来るんです。そんな強欲企業の犠牲となって、彼らの厚顔無恥な欲望の成就のために、正当な賃金も払われないまま、架空の正社員のバッジをもらったって、それに何の意味がありますか。何が正社員ですか。そんなものは、単なる奴隷のバッジ以外の何物でもありませんよ・・・。」

むろん、こんなことを誰かの前で面と向かって口にすることはないが、結局、事の本質はそういうことなのである。最後に見て来た企業では、ついに幹部が、会社の利益が出ない時には、給与を返上して無賃労働をしていると筆者の前で告白した。それを聞いて、筆者はどれほど呆れたことだろう。家族を犠牲にし、可愛い子供たちを犠牲にし、自分自身を犠牲にしながら、その高い地位に見合うだけの対価さえ、もらっていないというのだ。こうなっては、役職もバーチャルなものに等しい。現実には、責任だけが増し加わり、ふさわしい報いは何一つ得られていない。上部がそれでは、部下に何の希望があろうか。馬鹿馬鹿しいにも程がある。もうお付き合いできない、と筆者は思った。これでは、囚人労働と変わらないではないか。そこにどんな栄光が、どんな人間性があろうか。こうまで歪んだ労働の概念に、まともな神経の持ち主の誰が着いて行くことができようか。その先には組織との心中の道しか、残っているものはないだろう・・・。彼らには、マサダの自決のような命運が待ち構えているだけである。自分は選ばれた社員だ、立派な労働者だ、企業の幹部だ、役員だ、選民だ、などと誇っているうちに、そういう結末に至るのに違いない。彼らにどんな夢があっても、こんなやり方では、かなうはずもない。正義を曲げており、神の御心にかなわないからだ。それは共産主義ユートピアと同じで、ただ人間に果てしない犠牲を要求するだけで、決して願っているものを与えはしない・・・。

聖書にはこう書いてある、野の花を見よ、空の鳥を見よ、と。野の花も空の鳥も、労働によって自己を養っているのではなく、神が養って下さっている。信じる者のすべては、これと同じように、神によって創造され、神によって生かされ、養われている存在である。神は一羽の雀さえもお忘れにならないのだから、まして信じる者に何が必要かは、知り尽くしておられる。

神が面倒をみて下さっているのに、信者が自分の努力によって生きていると思うのは傲慢である。人が自分で自分を支えていると思っているのは、むなしい錯覚でしかない。人は自分の力では天候一つ変えることはできず、自分の健康を維持することもできず、まして己が労働によって自分を支えることなどできはしない。我が国の労働システムは途方もなく歪んでおり、それは社会主義と同じ呪われた優生思想から発生して来た、死の恐怖に基づく人間の終わらない自己犠牲の苦役である。アダムが罪のゆえに呪われて、一生、地を耕さなくてはならなくなった時から、人間の労働は不毛となったのである。だから、もがいても、もがいても、人は労働によって自己の魂を贖うことはできない。自分を救うことはできない。

にも関わらず、人が組織を作って、互いの弱さをかばい合う「イチヂクの葉同盟」を作って、神によらずに、人間の努力によって互いの生存を保障し合おうと試み、そこに偽りのヒエラルキーを築いて、あたかも立身出世や、裕福になることが可能であるかのように思い描いて、富を増し加えて組織を拡大し、天にまで届く摩天楼を建てようとしているのは、単なる幻想であり、驕りである。

企業も、教会と同じく、組織から逃げ出せば救いを失う、暮らしの安定を失い、命を失うという恐れを煽ることによって、人々を組織に拘束し、逃げ出せないようにしているだけのことで、これらの人々をそこにつなぎとめているのは、生存の恐怖であって、自由ではないのだ。しかも、弱者を犠牲として踏みしだき、彼らに当然支払うべきものさえ支払わず、弱い人々を貧しさと死に追いやり、踏みつけて嘲笑し、罪に罪を増し加えながら、肥え太り、勝ち誇っている罪深い共同体は長続きしない。だから、ある日、彼らは自分を養ってくれていると思っていたその体系全体が、音を立てて崩れるのを見る日が来よう。

「聞きなさい。金持ちたち。あなたがたの上に迫って来る悲惨を思って泣き叫びなさい。
 あなたがたの富は腐っており、あなたがたの着物は虫に食われており、あなたがたの金銀にはさびが来て、そのさびが、あなたがたを責める証言となり、あなたがたの肉を火のように食い尽くします。あなたがたは、終わりの日に財宝をたくわえました。

 見なさい。あなたがたの畑の刈り入れをした労働者への未払い賃金が、叫び声をあげています。そして、取り入れをした人たちの叫び声は、万軍の主の耳に届いています。
 あなたがたは、地上でぜいたくに暮らし、快楽にふけり、殺される日にあたって自分の心を太らせました。
 あなたがたは、正しい人を罪に定めて、殺しました。彼はあなたがたに抵抗しません。」(ヤコブ5:1-6)

このように、最低限、支払うべき賃金さえ支払わない呪われたシステムは、崩壊することが定められているのであって、どんなにそこで信者が頑張っても、それ自体が、神の目に忌むべき呪われた体系である以上、彼の努力に報いが与えられる日は来ないであろう。

神が養って下さると言ってくれているのに、どうして信者はそのように先がないと分かっている不法で罪深い条件に身を委ねてまで、悪人の仲間入りし、悪魔に自分を生かしてくれと懇願し、跪く必要があるのか?

そんなものは社会勉強でもなく、努力とも呼べない。人が自分で自分を奴隷として売り飛ばし、強欲な人々が彼らに君臨し、その恐れにつけ込んでいるだけの話である。そんな愚かしい奴隷的奉仕を得るために奔走するのはもういい加減にやめて、信者であれば、本当に心から納得が出来る道が開かれるまで、天の父なる神に直談判して、条件を申し上げるが良い。そのために時間を使え、と、今の筆者ならば答えるであろう。

前述した姉妹は亡くなって久しいが、ようやく筆者も、姉妹の警告を理解し、当時の彼女と変わらない見解に達したのである。

悪魔は言うだろう、「もう時間がないよ。あなただっていつまでも若くないんだから、この辺で妥協して、手を打たないとね。あなたはいつも高望みしすぎなんだ。理想が高すぎるし、潔癖すぎるんだよ。そんなにも難しい注文ばかりつけていれば、開かれるものも開かれないよ。今の世の中では、あなたの言うことは贅沢だ。もっとハードルを引き下げなくちゃね。もっと世と妥協して、口うるさく注文をつけるのはやめて、正義だの、真実だの、聖書の御言葉だの、神の御心だの、青臭い主張はひっこめた方が、身の為だ、その方が、あなた自身も格段に生きやすくなるよ」と。

だが、悪魔にはご退散願おう。そんな理屈は成り立たないと筆者は知っている。人が何をしてみたところで、この先の世界に輝かしい未来の展望はなく、従って、悪魔とどんな取引をしてみたところで、人が「格段に生きやすくなる道」などもとより存在しないのである。悪魔に対しては、一歩譲歩したが最後、百歩譲歩を迫られるであろう。だから、一歩たりとも譲ってはいけないのである。

もともと新卒・既卒などという馬鹿馬鹿しい区別から始まって、次には年齢差別、性別による差別、学歴による差別、経験による差別、果てはペットの有無による差別まで、あらゆることをきっかけに、人を値切りに値切っておいて、ついに最後には無賃労働を耐え忍べとまで言おうとしているわけだから、そんな殺人者に対してどんな妥協が、譲歩があるというのか。全く、がめついにもほどがあるというものだろう。「ハードルを引き下げよ」というのは、結局、「我々のために無賃労働し、奴隷的苦役に従事せよ」と言っているも同然であって、日本の労働市場は年々、そこへ近づいているのである。一旦、契約を結んだが最後、勝手にその内容が書き変えられ、明日には、戦地に赴かされる羽目になっていないとも限らない。ここはそういう国に成り果ててしまったのである。その他にも、あらゆる不法行為に目をつぶって、人権を自ら手放し、自分の不利益を一方的に耐え忍び、あらゆる不当な出来事に見て見ぬふりと泣き寝入りを続けなければ、ヒコクミンという話になるのであろう。悪魔はずるくて卑怯なので、そのように不法な条件と理不尽をとことん耐え忍ぶよう要求しておいて、それらが暴かれ、明るみに出される頃には、巧妙にあなたに濡れ衣を着せて、トカゲのしっぽ切として、あなた一人を監獄に送って済ませようとするかも知れない。詐欺師の仲間入りをしておいて、自分だけは無傷で済むと思うのは甘いのである。誰がそんな取引に身を委ねようと思うだろうか? 人を甘く見、馬鹿にするのもたいがいにしてもらいたいものである。

そもそも、賃金も支払われない「労働」のために、誰が労働市場に身を売りに行くのであろうか? 負債を抱えるために行くのであろうか? 馬鹿馬鹿しいにも程があるだろう。そういうものを、誰が労働の概念に含めることができるだろうか。だが、悪魔の論理はいつもこんな調子である。神の救いを求めて教会に赴いたはずの信者が、愚かな指導者が思い描いた欲深い計画の言いなりとなって、教会債を抱えさせられて重荷に喘ぎ、四苦八苦している始末である。神の救いが、いつの間にか、人間の負債にすり替えられていることの愚かしさに、そうなってもまだ気づかないとすれば、呆れるほどの馬鹿馬鹿しさである。企業も同じなのだ。給与も払わず、生きるに必要な糧を与えず、どんなに尽くしても、会社が倒産するかも知れないなどと絶えず脅して来るだけの連中が、もし自分の味方だと思っている人があるならば、それは暴力を振るう夫から何年たっても別れられない愚かな妻と同じく、自ら招いた災難である、と言えよう。

企業、教会、国家を問わず、地上の組織や団体は、みな人間が自己防衛のために築き上げた「カインの城壁」であって、その本質はバビロンであるから、近寄らないに越したことはないと、筆者は考えている。それらのものは、人間が己が恥、弱さ、無力を隠すために築き上げた「イチヂクの葉同盟」に過ぎず、本質的には、神に逆らうものなのである。だからこそ、そこでは、組織の存続、すなわち、人間の恥が暴かれず、人間の威信が保たれることだけを第一として、組織に逆らう人間や、弱い人間はとことん犠牲にされて行くのである。そして、組織のプライドを建て上げて、組織が一刻も早く「天に到達する」(=神になる)のを手助けするような人間だけが重宝され、勝ち残って行くのである。そこにあるのは、歪んだ優生思想である。そこにあるのは、人間を集団化・道具化することによって、人類が自力で神に到達し、まことの神に挑戦しようという願望だけである。

だが、そうまでして組織が生き残りを図っても、その先に未来はないのだ。いずれバビロンは罪の借金を決済しきれなくなって倒壊する日が来るからである。キリスト以外の土台に建てたものは、どんなものであっても、どうせ長くは続かないのである。

だから、本当は、時間がないと焦っているのは、神ではなく、悪魔の方である。聖書には書いてある、「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。」(Ⅱコリント4:16-17)

キリスト者はこの地上や肉体の制約にとらわれて、年々、衰えて行くような存在ではない。世人ならば、自分は年を取ったからもうこの辺りが限界で、この世の常識と妥協せねばと言うかも知れないが、キリスト者はむしろ逆である。私たちは、この肉体を宿としながらも、地上の法則の制約に逆らって、これを超越して、この有限なる幕屋の上に、無限の幕屋を着ようとしているのである。また、不法なこの世にありながら、そこに神の御心にかなう霊的統治を打ち立てようとしているのである。

だから、悪魔の提案になど心を動かされず、世の常識や言い分に耳を貸さず、あくまで聖書の御言葉に基づき、神の正義と真実に立って、御心に反しない正当な条件を、信者は何事についても、願い続けるべきである。世がそれを提供しないというならば、主と同労して自分自身でそれを打ち立てるくらいであって良い。

さて、最後に、筆者がこのような考えに至ったきっかけの一つに、さらに別な出来事もあった。筆者が車を買った際に、車屋が筆者に提案して来た保険の補償金額を、別の保険屋が見て、「安すぎる」と言ったのである。「もしあなたの車にお医者さんが同乗していたら、こんな金額では効かないかも知れませんよ」と、その保険屋は言うのである。

筆者は自分の車に医者を乗せる予定はなく、医者もろともに事故死する予定も全くなかったので、神の守りにより、保険など決して使うはずがないと心の中で確信していたが、それでも、自分とキリストの命の値段をあまりにも安く見積もりすぎていると悪魔に後ろ指を指されない為に、金額を引き上げた。(かと言って、筆者にその助言をした保険屋には何の利益もなく、その保険屋は間もなく廃業となった。)

その後、ある時、筆者は少しでも経費を節約するために、補償額を引き下げることで、保険料を浮かせようという考えを思いついた。ところが、そのような連絡の電話を保険屋に入れたまさにその日の午後、ある駐車場に車を止めると、思いもかけない激しい海風が吹いて来て、筆者が車の扉を開けた瞬間に、風で扉が全開に開き、隣に止めてあった車に思い切りぶつかったのである。

結果的には、大したことのない事故で、相手の車の扉の取手の小さな部品を一つ取り替えるだけで済み、それにかかった金額もまるで大したことなく、保険すらも使う必要がなかったのだが、それでも、引き下げた保険料分を上回る金額が修理費に消えた。

筆者は経費を節約せねばという恐れに駆られたことを反省した。これは上からの警告であって、そんな事件は決して偶然に起きるものではない、ということがよく分かっていたからである。キリスト者の人生に決して偶然はない。だから、この事件を受けて、筆者はただ生活の不安だけを理由に、自分の生活の規模を自ら縮小するようなことは二度とすまい、と決意したのであった。(ただし本当に無駄なものは削って差し支えないが。)筆者は、キリストと筆者の命の値段は、断固、引き下げられるべきではない、と確信し、またもとの値段に戻した。むろん、これまでに一度も保険を使ったことがないのは言うまでもない。

明日のことを思い煩うな、明日のことは明日が心配する、と聖書に書いてある通り、キリスト者は明日の責任を自分自身で引き受けるべきでなく、必要の全てを天の父なる神に願い求め、神が必要を満たして下さることを確信し、神に全幅の信頼を置きつつ、悪魔の脅しに対してとことん対抗し、彼らに対してキリストの勝利を誇ることで、見栄を張るべきなのである。

神にとって不可能なことはなく、人が日々思い悩んでいるような事柄は、神にとっては全く些末な事柄でしかない。采配一つで、神は信者にそれをお与えになることもできれば、あるいは、その何倍もの損失を一挙にこうむらせることも可能である。なのに、どうしてこの全能の神を信頼しないのか。信者の生存は、御手に委ねられている。それなのに、信者が自分の生存を神に委ねず、自分で自分を何とかしようとすればするほど、罠にはまって行き、悪魔がその不安につけ込んで来るであろう。

多分、世人のほとんどには、いや、信仰者であっても、こういう話は理解されないことであろう。ほとんどの場合、「あなたの考えは尋常ではない。それは現実的ではなく、楽観に基づく、危険な夢物語だ」、「あなたは若いので、人生の苦労を知らず、自分に都合の良い夢を思い描いているだけだ」などと言われて終わるだけであろうと思う。

実際に、筆者の周りでは、以前に豊かだった人たちが、最近、どんどん持ち物を手放し、生活を縮小している。たとえば、筆者がボロボロになるまで同じバイクカバーを後生大事に使っていた頃には、ピカピカのカバーを何度もかけ変えていた人が、筆者よりも先にバイクを手放した。駅前の駐輪場は、以前には定期券を申し込むために長蛇の列ができていたのに、今はもうガラ空きである。

NHKが「縮小ニッポン」という番組を放映したらしいが、多分、この先、生活を縮小しようとの世の傾向はますます強まるのではないかと筆者は思う。今、筆者の周りで車を維持している人は、生活の足や、趣味や、行楽のためではなく、ただ仕事のための必需品として持っているだけである。若者の車離れが激しいなどと言われて久しいが、今や若者から老人まで、必要最低限のものしか持たない生活へとどんどん切り替えて行っている。

だが、それにも関わらず、筆者は確信している。キリスト者は、世の情勢に左右される存在ではなく、世が不況になったからと言って、それに合わせて自分の生活を縮小せざるを得なくなるものではないと。キリスト者は、安易に生活を縮小すべきではなく、特に、恐れに駆られて生活を縮小するなど、もっての他である。それでは悪魔の笑い者になるだけである。

これは貪欲のために言うのではなく、キリストが約束して下さった命の豊かさに達するまで、信者は決して諦めて退却すべきではない、ということを述べているのである。さらに、キリスト者は悪魔と取引して違法な条件に身を委ねてまで、自分の力で生きようとすべきでもない。たとえ明日の保障がないように見える時にも、信者の生存を支えるのは、神の仕事であって、神が共にいて信者のために心配して下さるのだから、信者は焦ったり、悩んだりすることをやめて、神に全幅の信頼を置いて、良心に恥じないで済む、恐れからでなく自分の願いに基づく正当な生き方を、天に向かって乞うべきである。

そして、神はそのような願いを喜んで下さり、必ず、信じる者の願いに応えて下さる、と、筆者は確信している。主に信頼する者は、失望に終わることはないと、聖書に書いてある通りだ。神は、信者の存在を通して、御名の偉大な力を世に示したいと願っておられる。神の愛と憐れみの深さ、神の恵みと助けの大いなることを、世に示したいと願っておられる。だから、信者は自らの信仰によって、神がどのようなお方であるのか、生きて世に証明すべきである。それによって、悪魔は敗北し、恥じ入るであろう。自分を責めて、恥じるべきは、キリスト者ではなく、絶えず無実の信者を迫害し、苦しめ、あざ笑おうとしている悪魔と地獄の勢力なのである。

 

あなたはどこにいるのか(2)

ベック集会を出てから、少しずつ、筆者の生活のありようが変わった。まず、クリスチャンの交わりを求めて、あちらこちらの集会を巡るということを、筆者は全くやめてしまった。

もちろん、アッセンブリーズ教団などには決して戻らないが、ベック集会にも、KFCにも戻らない。日曜礼拝に行かないだけではない、素敵なリビングルームで開かれる大規模家庭集会…、そういうものに全く関心がなくなった。

神は、そういう風に、人の大勢集まる場所におられるのではない。人数がどうあれ、たとえ一人であったとしても、まさに主を信じる者の只中にいて下さるのである。その確信のもと、エクレシアを求めてあちらこちらを移動する代わりに、筆者自身が、可動式の主の幕屋であることを確信するようになった。

そして、信仰に基づいて、筆者自身が、この幕屋の内側から、信仰によって、兄弟姉妹を呼び出す側に回ったのである。

人との交わりを求めて移動することをやめると、一見、以前よりも生活が孤独に陥るように思われるだろう。ところが、交わりを求めて色々なところをさまようことをしない代わりに、ただ本当のクリスチャンだと言える兄弟姉妹とだけ厳選してつき合う方が、結果的に交わりに実りが多いのである。さらに、仕事の仕方も変えた。組織や団体のために自分をとことん差し出し、消費するという生き方をやめてしまったのであった。

ベック集会にいた頃、筆者が専門の仕事に戻れるようにと、兄弟姉妹が祈ってくれた。そして、めでたくある企業で専門知識を活かして仕事を始めたのだが、初めて一週間ほどで、ここは何かがおかしいという実感に至った。毎日、送られて来るメールが百通以上に達し、休日出勤、現場出張が課され、イレギュラーな対応が続く。

政府の下請け企業の一つであったが、社内を最小限の人数で回しているので、一人一人の担当する仕事の量が尋常ではない。しかも、正社員はごくわずかで、残りはすべて派遣社員である。入社してたった一週間で、筆者は気力・体力の限界に達した。現場出張に行っても、疲労困憊状態で、歩くのさえもやっとの状態なのである。さすがにこれは何かがおかしいと思わずにいられなかった。

その仕事を始めてから、筆者が最初に担当させられた中に、海外出張に派遣された通訳の報告書に基づいて、残業代を計算することがあった。ところが、後になって分かるのだが、筆者が計算した残業代は、政府に確かに請求されるものの、通訳の懐には入らず、会社が全てピンハネするのである。しかも、そのことを政府関係者も十分に知っていたほどであった。それほどまでに業界では悪名高く、恐れられていた会社だったのである。

そんなこととは知らずに、せっかく兄弟姉妹の祈りによって得た仕事だからと最初は思っていたのだが、知れば知るほど、その企業の異常さがはっきりするだけであった。さらに、ちょうどベック集会を出たのと同じタイミングで、筆者が二、三日、会社に休みを申し出たところ、会社が契約を打ち切ると言って来た。何しろ、最小限度の人件費で回している会社だったので、入って間もない新人が、たった一日でも、休みを取るなど、許されないのである。たとえ体調不良が原因であっても、会社を休むこと自体が、あるまじき「反逆」であり、言語道断な行為とみなされて、即、クビだと宣告された。全く野蛮そのものであった。

派遣会社が契約の短縮通知を送って来た。要するに、筆者が自分から辞職を願い出たような形にして、残る給与を支払わずに契約を終わりにしようという算段なのである。全くハイエナのような体質の企業であることが、よく理解できたが、そんな馬鹿げた話に筆者が了承するはずもなく、長々とした交渉の末に、ようやく、法的に会社に支払い義務があるものは全て払ってもらう運びになった。

むろん、ベック集会の人々は何の助けにもなるはずもなかった。どうにもこの会社はおかしいのではないかという予感がしたとき、それを兄弟姉妹に打ち明けても、ある姉妹などは、「派遣は社員よりもたくさん仕事を任せられるのは仕方がないし、即戦力になる人しか雇われないのが常識よ。うちの主人も、派遣を使ってるけど、使い物にならない人はすぐにクビにするのよ」などと企業を擁護しながら、自慢話を並べ、末端の従業員が次々とクビにされることを喜ぶ有様だったので、そんな「信者」たちは全く当てにしようとも思わず、筆者は誰にも相談せずに、すべてのことを自分自身で交渉しつつ望ましい結果へ運んだ。

さて、ベック集会を去った当時、筆者は毎年のように正月には故郷に帰省していたが、さすがにその年は、故郷に帰ることがためらわれた。仕事は以上のような有様で、集会の印象も最悪となり、こんなひどい正月は今までになく、誰にこんな有様への理解を求められようかと嘆きながら、年末にKFCを離れていたある姉妹に起きていた事件を告げた。

(この婦人は筆者の母親くらいの年齢で、「兄弟姉妹」という呼び名を嫌っていた。別の記事でも書いた通り、彼女はクリスチャン同士が自分たち信仰者だけを専門用語で「兄弟姉妹」と呼び合うのは、自画自賛のような驕りであり、不信者の排除だと言って嘆いていたのである。だから、もしかしたら、ここで彼女のことを「姉妹」と呼ぶのは、本当はやめておいた方が良いかも知れないが、とりあえず慣習としてそのように記しておく。
 また、この婦人はベック集会のことも予めインターネットで調べ上げて、非常に評判が良くない集会であることを筆者に何度か語っていた。)
 
彼女はいたく心を動かされ、筆者に言った、「あなたはただ聖書だけに立ち戻り、人間の指導者からは一切離れるべき頃合いだと思う。でも、もしその条件に応じて、神様だけに立ち戻る気があるなら、御言葉のバイブル・スタディを開かない? 私は喜んで協力するから、少し待っていて。」と申し出たのである。

全く、神は不思議な方だと思うことしきりであった。「捨てる神あれば拾う神あり」と、世間でも言われるように、ある人々からいわれなく非難されたり、誤解されたりして、突然に、さよならを告げられ、あたかも行き場がなくなったように思われる時でさえ、ちゃんと別の場所には、安全な避難場所を主は用意して下さるのである。

だから、キリスト者はあたかも地上では追い詰められて、迫害され、居場所がないかのように見えて、その実、居場所がなくなることはないのだと言える。我々の席は天に確保されているからである。その天の予約席を地上で発券することによって、常に次の目標を立てるのである。それが可能であることを筆者は今までの人生で、幾度も確認して来た。

この婦人は、こうして、本来ならば、家族で過ごすのが当然であるはずの正月に、自分の夫を置いて、筆者一人だけを伴って、富士山の見える温泉付きの別荘に泊まり込んだ。そして、我々は二人でひたすら聖書を読んで正月を過ごしたのであった。

ただ屋内に閉じこもって聖書だけを読んでいたわけではなく、美味しい食事を取り、散策し、自然を楽しんだ。神の恵みを存分に味わったのである。

だが、その頃の筆者は、今に比べれば、まだまだ繊細で傷つきやすく、感受性が強すぎるため、起きた出来事の印象からすぐに抜け出ることができなかった。そこで、せっかくの素晴らしい雄大な景色を見、温泉に浸かっていても、ベック集会のことを思い出したり、仕事のことを思い出したり、あれやこれやのひどい出来事が心に思い出され、一人涙を流していたりしたものであった。

だが、そんな中でも、この婦人の親切と奉仕心には本当に驚かされたものであった。彼女にはどんな状況にある人をも見下すということが全くなく、若年者だからと軽く扱うということもない。それどころか、まるで主イエスに仕えるように、彼女は筆者に仕えてくれたのである。

彼女の人に仕える姿勢は、前述の長老級の兄弟がしていたように、指導者然と振る舞い、上から目線でどうあるべきかを他者に説教し、心ひそかに他人のないところばかりを数え上げて、見下しながら、うわべだけは同情的に振る舞うという偽善的なものではなく、本当に自分を捨てて人に仕え、尊敬の限りを尽くし、愛を注ぎだしたのである。そして、見返りを求めなかった。自分の親切が人に受け入れられても、受け入れられなくとも、評価されようとも、されなくとも、淡々とと自分が信じることを実行していたのである。

驚いたのは、自分の別荘であるにも関わらず、その婦人が個室にある広々としたダブルベッドを筆者に譲り、自分はリビングの床に寝袋をしいて寝ていたことであった。さらに、筆者はゆっくりと時間を取って温泉を楽しんだが、その婦人は、自分は温泉に行っても、ほとんど時間をかけず、たちまち戻って来るのである。それが筆者との時間をより多く確保するためであることがよく分かった。その婦人は、キリスト者との交わり、神との交わりに対する意気込みと心がけが、筆者がそれまで見て来たどの信者とも明確に異なっていた。常日頃から、彼女はよく一人で別荘にこもって御言葉の学びに専念しており、普段から、神のために自分の利益を脇に置くことを当然としていたのだが、交わりの相手を伴う時には、さらに、自分のためには、何の特権も享受しようとせず、自分の持てるすべてを神の恵みを伝えるために使ったのである。

筆者は、この婦人と親しかったために特別扱いされたわけではなく、巧みに同情を引く話をして心を動かしたわけでもない。身内でもない人間に、そこまで奉仕するのは、筆者から見ても、筆者に対してしているというよりも、むしろ、神に対してしている奉仕であるに違いないと確信できた。「貧しい人に貸すのは主に貸すのだ」、「このいと小さき者にしたのはわたし(神)にしたのである」と聖書に書かれているように、彼女はいと小さき兄弟姉妹に心から仕えることで、その人にというよりも、天におられる神に仕えていたのである。

その正月は、この婦人の人生にとっては、最後の正月となった。むろん、当時はそんなことになるとは誰も知らなかった。筆者はその極めて重要な最期の時間を、彼女からもらったことになる。彼女と過ごしている間に、筆者には次の仕事も決まり、神の采配が常に完全であることを思い知り、そして、二人で共に主を賛美した。

だが、その次に入った会社もまた相当な曲者であった。長時間残業が当然視されていたり、専門家が顎でこき使われていたり、ついには残業代が払われなくなったりと、色々な問題があった。この婦人は、会社にあまり深入りしないように、残業をしないようにとしきりに筆者に忠告していたが、その頃、まだ筆者は、仕事に力を入れようと考えており、彼女の忠告の意味を十分に理解していなかった。そうこうしているうちに、彼女は天国へ旅立って行ったのである。

しかし、主は完全なお方である。彼女の突然の死の前日にも、筆者はまるで偶然のように会社から休憩時間にこの姉妹に電話で連絡していた。

「ゴールデンウイークはどうされますか?」
「あのね、最近、素敵な教会を見つけたから、主人と二人でそこへ行ってみようと思っているのよ。」

彼女はKFCを離れて後、もうどんな集会にも教会にも行かないことを決めて、筆者にもそのようにするよう勧めていたので、その返答にはちょっと驚いた。

「教会ですか?」
「また報告するわね。素敵な教会なの。そうね、あなたと会えるのは、もうちょっとだけ先になるわね・・・」

そんな会話だった。筆者はその時、この婦人も、結局、組織に戻って行くのだろうかと思って内心少しがっかりした。彼女はそうなるまでにいくつもの大規模な組織での信仰生活を経験し、それらをすべて断ち切って、地上の団体に属さない信仰生活を送ることを決めていた。またもや教会員に戻る、そんなことが彼女にできるのだろうか…?と筆者はいぶかしく思った。もし彼女が組織に戻るなら、この姉妹とも別れなくてはならないだろうと思った。

ところが、まさにその最後に訪れた教会が、彼女の葬儀を執り行うことになったのである。

その会話を交わした日の夜、会社でいつものように遅くまで残業しながら、筆者は何かしらどうしようもない体のだるさを感じて、仕方なく応接のソファに横になって休んだ。その翌日の朝になると、もう起き上がれないほどに体調が悪く、仕方がないので、会社に連絡を入れて、午前中は家で休んでいた。(その会社では、少なくとも、たった一日の休みでクビを言い渡されることはなかった。だが、筆者はそれでもその日の夕方には出勤して行った。)

すると、朝、家へ突然、電話がかかって来た。受話器を取ると、全く知らない声で、上記の婦人の夫だと名乗る。

「家内が亡くなったので…」

何を言われているのか全く理解できず、耳を疑うだけであった。姉妹の葬儀の日程の連絡だったのである。しかも、筆者はこの婦人の夫とはこの時まで全く面識がなく、この婦人とも、親しく交わるようになったのは、ごくごく最近のことであって、筆者は彼女を除いてこの一家とは、全く知り合いではなかった。

それなのに、彼女の夫が、彼女の死後、一体どのようにして、筆者の存在を思い出し、連絡先を確かめて、コンタクトを取って来たのか、極めて不思議であった。それでも、上記の姉妹が亡くなったことをこのような形で知らされたことも、主の采配であった。筆者がこの間、訳の分からぬ体調不良に見舞われていたことも、まるで知らないうちに彼女の苦しみを共に味わっていたかのようで、キリストの御身体の一致を思わされるのであった。

こうして、彼女が最後に訪れた教会が、不思議な縁で、彼女の葬儀を執り行うことになった。彼女が生前、最後の日々にその教会を訪れたのは偶然ではなく、それは教会員に戻るためではなく、ただ目に見えない霊的な準備だったのだと思われてならない。(その教会は、葬儀をきっかけに無理やり彼女を教会員にしたてあげたり、残された夫に熱心に働きかけて団体に取り込もうとしたりするようなところではなかった。葬儀で配られた式次第にも、教会の名前も連絡先も全く記されておらず、宣伝とみなされるような記載は何一つなかった。)

筆者は葬儀に参列したが、あまりのことに、我を失っていたためか、記帳の際に自分の住所を書き間違え、さらに親族だけが伴うのが当然であるはずの火葬場へのバスに、筆者も一緒に乗り込んでしまった。が、ゴールデンウィーク中で道路が渋滞しているため、いつまで経っても、バスは目的地に着く気配がない。そうこうしているうちに、この婦人が生前、筆者を案内してくれ、共に楽しんだ鎌倉の観光地の風景が思いがけなく窓の外に見えて来た。二人で一緒に土産物を買った店などが窓の向こうに並んでいる。運よく、バスの乗客の一人が渋滞にたまりかねて、子供のトイレ休憩のためにと、バスを降りた。続いて、筆者も降りた。本当は、土産物屋で買い物をした後、すぐにまたバスに戻って来るつもりだったのだが、それきりバスを見失い、もう追いかけることはできなかった。

晴れやかな日で、いつものように、湘南の海がとてもきれいに輝いていた。筆者は結局、婦人と歩いた思い出の道を一つ一つ辿って、そのまま帰宅したのであった。火葬場へなど行かなくて良い、それよりも、神が作られたこの世界の美しさを楽しみ、神を誉めたたえる方が、多分、この婦人の意にかなっているに違いない。

長い間、筆者はこの婦人の死に大きな喪失感を覚えていたが、今は以前のようには嘆いていない。神の采配はすべてにおいて完全である。

その後、婦人の夫と何度か話すうちに、生前、この姉妹は懸命に夫の救いのために祈っていたが、夫はすでに信者であって、幼い頃に、ミッション系の学校に通い、洗礼名も与えられていたことが分かった。病気がちな主人を一人残していくことだけが、彼女の気がかりだったのだと思うが、その悩みも、多分、必要ないものだったのではないかと思う。神は完全である。

今でも、「次に会えるのは、ちょっと先になるわね」、と言った彼女の最後の言葉を思い出す。

そうなのだ。彼女の言う通り、それはほんのちょっとだけ先、あと少しだけ先のことだ。筆者が天に召されてから、彼女とまみえるのである。だが、それはそんなにも遠い未来のことではない。

今は、天での休息のひと時に憧れるよりも、まだこの地上において、果たすべきミッションがある。それは主と共に、この地を、自分の人生を、自分自身を統治することである。信仰だけによって、どれほどのことが可能であるのか、筆者は少しばかり知っただけで、まだ十分に知り尽くしたとは言えない。このような状態では、天でキリストの御前に立たされても、まだ誉められることがないので、まだ天に行くわけにはいかないのだ。

義人は信仰によって生きる、そのことを生きて証明しなければならない。たとえこの地上にブラック企業が溢れ、経済はますます悪化し、人々の心は残酷、険悪になり、兄弟姉妹と呼ばれる人々でさえ、互いに蔑み合い、裏切り合い、騙し合うようになったとしても、神の御心の正しさは、寸分たりとも、変わることはない。聖書の御言葉はいつまでも変わらない。

人間を助けることのできる方は、神だけなのである。どんなに素晴らしく見える兄弟姉妹との交わりも、永遠ではない。だから、筆者は、神のみに信頼を置いて、聖書の御言葉に立脚して、筆者は神の愛と憐れみの深さを、実体として地上に引き下ろす。その実験はこれからもずっと続く。それがキリスト者の本業である。御国の働き人としての仕事が終わりに近づき、天に召される日が近づいて来れば、主は必ず、筆者にそのことを知らせてくれるはずである。

 

あなたはどこにいるのか(1)

「そよ風の吹くころ、彼らは園を歩き回られる神であるの声を聞いた。
それで人とその妻は、神であるの御顔を避けて園の木の間に身を隠した。
 神である主は、人に呼びかけ、彼に仰せられた。「あなたは、どこにいるのか。」
 彼は答えた。「私は園で、あなたの声を聞きました。それで私は裸なので、恐れて、隠れたました。」
 すると、仰せになった。「あなたが裸であるのを、だれがあなたに教えたのか。あなたは、食べてはならない、と命じておいた木から食べたのか。」
 人は言った。「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」
 そこで、神であるは女に仰せられた。「あなたは、いったいなんということをしたのか。」女は答えた。「蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べたのです。」

<…>

 また、(神は)アダムに仰せられた。

 「あなたが、妻の声に聞き従い、
 食べてはならないと、
 わたしが命じておいた木から食べたので、
 土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。
 あなたは一生、苦しんで食を得なければならない。
 土地は、あなたのために、
 いばらとあざみとを生えさせ、
 あなたは、野の草を食べなければならない。
 あなたは、額に汗を流して糧を得、
 ついに、あなたは土に帰る。」(創世記3:8-19)


「神の安息にはいった者ならば、神がご自分のわざを終えて休まれたように、自分のわざを終えて休んだはずです。ですから、私たちは、この安息にはいるよう力を尽くして努め、あの不従順の例にならって落語する者がひとりもいないようにしようではありませんか。」(ヘブル4:10-11)

筆者がゴットホルト・ベック氏の集会を訪ねていた時分、一体、この集会の何がおかしいのか、最初に気づくきっかけを得たのが、ある遠方の障害者をこの集会に誘ったことであった。

筆者より1つか2つ年上なだけの重度の障害者の姉妹は、日々、車いす生活、もしそのまま何も有効な手を打たなければ、やがて体が麻痺して行って自由を失い、何もできなくなるという症状に見舞われていた。

だが、そうは言っても、心は体とは全く関係なく、元気で、活発に活動を求める。生まれながらの障害者ではないので、倒れる前の元気だったときの生活スタイルや、ものの考え方は今も生きている。だから、彼女は筆者に向かって、しきりに寂しい、と繰り返していた。人との出会いが欲しい、人並みの幸福な生活を送りたい、だが、どうやって出会いのきっかけを得るべきか分からない、などと相談して来るのであった。

筆者の方でも、その当時はまだ月曜日から金曜日まで働きアリのように働く労働者に過ぎず、自分自身のためにも、なかなか時間が取れない有様だったので、筆者に提案できることと言えば、「クリスチャンの交わりに出てみたらどう?」ということだけであった。

むろん、今ではそういう働き方も、交友関係もすべて改め、クリスチャンの友人に関しても、全く違った観点から交わりを持つようになったのだが、当時はまだそのようなライフスタイルの改変の前であった。だから、「ずっと家に閉じこもっていても、何も起きない。すでに通っている教団には満足できない。何もしなければ、体が弱って行くだけ。それならば、なおさらのこと、活動した方が良いと思う」と筆者は提案した。

その障害者が住んでいる土地は、筆者の住まいからは随分、離れているため、筆者自身が彼女を案内することはできなかった。だが、ベック氏の集会であれば、全国各地の色んなところで、集いが開かれているし、親切なクリスチャンに頼めば、車いすの障害者も、健常者と同じように、何の問題もなく受け入れてくれるはずである。実際、この集会には障害者も多数、集っていたのであるから。

そのようなわけで、筆者は当時の知り合いの信者を介して、自分が行ったこともない遠方の集会に、彼女を連れて行ってくれるように頼んだのであった。できるだけ、その集会に彼女と同じ年代のまだまだ若い人たちが大勢、集っており、話が弾むことを願いつつ・・・。

筆者は、彼女が新しい出会いを求めて自分から立ち上がる決意に至ってくれたことを喜び、興奮しながら、主が何をして下さるのだろうかと期待して、結果を待っていた。

ところが、その集会から帰って来るや否や、彼女は大爆発して筆者を責めるのである。まず、気温があまりにも暑く、外出するのにはあまりにも負担が大きかったため、死ぬかと思った、ということから始まり、集会には老人しか集っておらず、期待したような若者は一人としていなかった、挙句の果てには、その老人たちから上から目線で、「毎週、日曜礼拝にはちゃんと出席しなさい」などと、説教めいた叱責を受け、自分が落ちこぼれの信者であるかのように侮蔑的な扱いを受け、婦人たちはみなベールをかぶって説教を聞いているところを見ても、集会全体の進行がこの上なく不気味であった、よくもこんなとんでもないひどい無意味で高圧的な集会に自分を誘ってくれたものだ、この失望と幻滅をどうしてくれるのだ、と言うわけである。

彼女が筆者に向かって「爆発」したのは、これが最初で最後ではなく、体調不良に見舞われると、それに連動して、心の状態も不安定になる病者にありがちなこととして、彼女との関係は最初から最後までトラブルの連続だった。

だが、体の疲労と、「集会には老人しかいなかった!!若者との出会いがなかった!!」という理由がメインで、筆者を責める彼女には、半分は八つ当たりだと呆れながらも、それでも、もう半分では、彼女の思いの中に切実な悲鳴のようなものを感じたので、その訴えを真摯に受け取り、また心に留めた。期待した効果が全く得られなかったのは残念なことではあり、責められるのも割に合わないことではあるが、そんな結果になったのも、何かの警告かも知れないと筆者も心に留めたのである。

最も注目に値したのは、古参信者たちから彼女への上から目線の警告であった。なぜなら、その集会は出入り自由と謳っており、日曜礼拝に人を束縛するようなことは決してしない、と表向きに公言していたからである。にも関わらず、結局は、日曜礼拝に出ることが義務づけられているのだとしたら、それは二重性というものだ。さらに、もしその集会が本当に正しいのであれば、世の中の片隅でかろうじて生きているような弱い存在の一人にも、ただ失望と屈辱的な思いを味わわせるだけには終わらなかったであろうと思われた。

アッセンブリーズ教団の信者であったその障害者に対して、筆者は当時、彼女の置かれていた困難な境遇ゆえに、少しでも助けにならなければいけないように感じ、また彼女も信仰者の一人だと考えていたのだが、それが適切な友情ではなく、また、アッセンブリーズ教団の信者と関わっても何一つ良いことは起きないということが、まだ当時は十分に分かっていなかった。

その障害者は、筆者よりも世故に長けていたので、自分の憤りを、決して筆者以外の人間にはまき散らさなかった。集会の人々には何か適当なことを言って、二度とそこへ行かなくて済むように丁重に断っておき、筆者にだけ本心をむき出しにしたようである。つまり、筆者に色々なことで助けを求めながら、他者の奔走を適切に評価することができなかったのである。そこには、やはり自分は障害者だから、哀れまれ、助けの手を差し伸べられるのは当然という思いがあったのではないかと思う。そして、案の定、結局、その障害者はベック集会への拭い去れない恨みを抱えながら、元のアッセンブリーズ教団へ戻って行っただけであった。

だが、アッセンブリーズ教団の教会でも、彼女は期待したような交わりを得られていたわけではなかった。そのことは折に触れて彼女が筆者に不満をぶつけていた。だからこそ、当時は、筆者自身が、まだ兄弟姉妹の交わりを探し求めていたこともあって、別の信者の交わりを求めてはどうかと提案したのであるが、それも効を奏することはなかった。

だいぶ後になってから、もうベック集会とは関わりがなくなって後、筆者はようやくこの障害者の人生相談に乗ることを一切やめて、彼女に向かってはっきりと言った、「あなたの不満は理解できる。ベック集会には私も同意できない。そういう点で、意見が同じ部分はたくさんある。でも、私はもうこれ以上、あなたの相談には乗れない。」と。
 
そして、問題なのは、ベック集会だけではなく、アッセンブリーズ教団や、既存の教会組織を訪ねても、そこで決して心からの満足は得られないと筆者は考えているため、すべての教会組織を離れて、ただ神だけに直接、心の願いを申し上げ、相談するように勧める、と述べた。
 
少なくとも、自分の通っている教会には片方で良い顔を向けながら、遠方にいる無関係の筆者をまるで教会への苦情窓口のように考えることは正しくない。そのような相談に乗ることはできないし、その関係から生まれて来るものは何もないと考えている。
 
だが、もしも本物の交わりを心から願っているならば、その夢がどうすれば達成できるのか、人の助けによらず、神様に正直に打ち明けて、答えが得られるまで本気で模索すべきであり、神はその願いを理解して下さると筆者自身も確信している・・・。

おそらく、筆者の印象では、この信者はその後も、アッセンブリーズ教団を離れることはなかったのではないかと思う。アッセンブリーズ教団というのはそういう弱みを抱えた人たちを取り込んで成り立っている組織だからだ。多くの弱みを抱えた人たちに寄り添って、巧みに彼らを助けてやる風を装いながら、教会員として利用し、団体に拘束し、彼らの悲劇の物語を団体の手柄に変えて、宣伝材料にして行くということが行われている。このような教団から見れば、障害者は、その障害が重ければ重いほど、利用できる宣伝材料である。

最近では、こういう心理的トリックは感動ポルノとして障害者自身からも批判を浴びるようになって来たが、当時はまだそういう風潮も生まれてはいなかった。こうした事情から、結果的に、格別な弱みを抱えた人たちばかりがこの教団に集まっている。何年間、この団体に所属しても、彼らはいつまで経っても、その弱みから抜け出すことができない。だから、今も上記の信者がずっと同じ不満を抱えながらこの教団に通い続けているのだとしたら、それは極めてむなしいことである、と筆者は思う。

さて、ベック集会に話を戻せば、筆者は若者との出会いを求めてこの集会に通ったわけでは全くなく、エクレシアを模索する上での通過点でしかなかったのだが、その後、この障害者が味わったのと似たような体験を、筆者も覚えることになった。筆者は新たにこの集会とはもともと何の関係もなかった、ある相当に年配の「兄弟」を集会に紹介した。それは、集会の人々の熱心さには、筆者の心にも何かしら解せないものがあって、一体、長年の信仰者である第三者の目から、この集会はどう見えているのかを判断するためのリトマス試験紙とするためでもあった。

当時、その兄弟は筆者に近しいところにおり、すべての事柄について同意できる意見を持っていたわけではなかったが、それでも筆者の芽には、経験豊かな信仰者だと見えていたので、もしその人の目から見て、この集会に危険があるようであれば、必ず、筆者にそのことを教えてくれるはずだと思ったのである。

ところが、またしても予想外のことが起き、事態は違う方向へ進んだ。長老のような風格のその年配者の「兄弟」を集会に紹介するや否や、それ以前に、筆者と親しくしてくれていた兄弟姉妹の関心が、一斉に彼に移ったのである。何しろ、当時、その兄弟は70代、筆者は30代の半ばである。年齢だけを見るならば、40歳近い年の差があり、筆者など、全く比較にならないほんの小娘に過ぎない。特に、ウォッチマン・ニーを重んじ、年功序列を重んじていたその集会では、ウォッチマン・ニーに精通する長老級の人物の登場を目の前に、筆者の存在はまるでないがごとくに忘れ去られた。

いや、忘れ去られたくらいならばまだ良かったのだが、何かしら、それまでには一度も見たことのないような、訳の分からない侮蔑的な眼差しが、他の兄弟姉妹から感じられるようになったのである。つまり、筆者が自分で紹介したその長老級の兄弟と、もともと集会にいた兄弟姉妹たちが、いつの間にか、筆者の知らないところで結託し、筆者についてよからぬ噂話を色々言い広め、その結果、彼らが筆者をまるで青二才のような侮蔑的な目つきで見下し始めたことがうすうす感じられたのである。

案の定、しばらくすると、その侮蔑的な眼差しはやがて非難の態度へと変わって行き、以前には親しく交わっていたはずの信者たちから、筆者の態度が不遜だ、とか、自分の子供だったらそんな態度は許せない、とか、集会に対する貢献が十分でない、等々の非難が起きた。

その時、筆者は、かつてこの集会に出席した障害者が味わった苦痛が、一体、どこから来るものであったかをよくよく理解した。「高齢者が高圧的な態度で威圧して、上から目線で偉そうに説教して来た。自分などそこでは全く相手にされていなかったし、歓迎されてもいなかった。しかも、自分のことは何でも知っているかのように初対面の信者からほのめかされ、不気味この上なかった。自分は何か薄汚い罪人の一人のように、粗末にしか扱われなかった。断じて許せない」という彼女のクレーム内容を明確に理解したのである。

すでに当時、筆者はKFCの事件をも通過した後で、KFCでいわれなく「悪魔扱いされた」という出来事ですっかり免疫が出来てしまっていたため、信者から侮蔑的な態度を取られたり、いわれない非難をこうむったり、良からぬ噂を立てられるなどのことは、日常茶飯事として、ほとんど動じないまでになっていた。そのように仲間の信者を絶えず陰で中傷し、様々な憶測に基づいた噂を言い広めて酷評しているような団体は、およそまともな団体ではないので、そこにいる人たちから覚えめでたい人間になろうと努力する必要など全くないのである。むしろ、そこで高く評価されているような人間は、決まってまともな人物ではないと判断して差し支えない。

さらに、他の事件を通して、筆者はこの長老級の「兄弟」の性格をもよく理解していた。この集会に限らず、別の交わりでも起きたことであるが、この兄弟を別な信者に紹介すると、誰もが、彼を師と仰ぐようになって、この兄弟に心酔してしまうのである。そして、筆者が紹介した人間が、この兄弟に「弟子化」され、そこに教師と生徒のような序列が出来上がり、すっかり交わりが壊されてしまうのである。筆者から見ると、このような効果は決して良いことではなく、ただ集会の側だけに原因があって起きていることだとも思えなかった。もともとその兄弟の心の中にあったものが、外に出て来て、集会の人々の心の中にあるものと響き合って、序列や差別を生んでいるだけである。

はっきり言えば、『権威と服従』の内容を額面通りに受け取り、自分は年長者だから、親だからと、すっかり心の中で偉くなってしまった人たちが、自分をひとかどの信仰者だと己惚れ、これを他者にも認めさせようと、互いに連帯して、自分たちよりも若く未熟で、説教相手になりそうな信者を捕まえて来ては、彼らを従わせるために包囲網のような城壁を築き上げているだけである。筆者はいつの間にかそれによって追い詰められていたのである。

そのことに気づいた瞬間、筆者は全力でそこから逃げ去った。老人たちに取り囲まれて罪人として非難され、彼らの注文に従わないと、いずれ「悪魔扱いされて追放される」という、あまりにも見え透いたお決まりのパターンに至るよりも前に、そのような愚かしい出来事によって精神的に打撃を受けることを拒否してその場を去ったのである。

その際、ただ単に逃げ出すだけでは、彼らの非難を十分にかわすことはできまいと思ったので、去り際に、最後の交わりの際、それまでに筆者が観察して気づいた集会のすべての自己矛盾を洗いざらい彼らに提示しておいた。

雑居ビルの半地下のようなところにある食堂での会話であった。二対一で責められ、まるで筆者が何か悪いことでもしたかのように、懺悔を迫られそうになる状況の中で、筆者はひるまずにこう反論した。

「私を含め、あなたがたが『集会に従順でない』と思う人たちを一方的に責めるよりも前に、この集会そのものの異常さを考えてみるべきではないでしょうか。なぜあなたたちの集会では、牧師制度を持たないと言っているのに、ベック氏という、牧師にも何倍にもまさる絶対的な権威を置いているのですか? これはまさに偶像礼拝以外の何物でもありませんよね? ベック氏を神様にしてしまっているのではありませんか? それに、どうして集会では兄弟だけがメッセージをし、家庭集会では、姉妹だけが料理をするのですか? この男女の古典的・差別的な役割分担は何でしょうか? なぜあなたがたの集会では、出入り自由と言いながら、実際には、集会に毎回、出席しないといけないプレッシャーがかけられるのですか? 全く出入り自由じゃないですよね。しかも、どうしてある人たちは、まるで謹慎のような処分を受けて、集会に出入り禁止にされたりしているのですか? どうしてあなたたちは献金の使途を明らかにしないのですか? どうしてあなたたちは証と称して、自分たちの過去の罪を赤裸々に語り、互いのプライバシーをあけすけに共有しては、噂話に明け暮れているのですか? どうして集会で発行される証集の中に信徒の学歴を記し、立派な社会的地位をもった人々を積極的に集めようとするのですか?

なぜあなたがたは、一方ではあることを題目に掲げながら、他方では、それに公然と矛盾した行動を平気で取るのですか? それは嘘であって、偽善ですよね。そんな偽善に比べれば、最初から約束などしなかった方がよほど誠実です。牧師制度を持たないと言っていながら、牧師制度以上に強力な指導者崇拝を作り出しているあなたかたは、あなたがたが非難している牧師制度を持つ教会よりももっと罪が重いのではありませんか…。」

筆者の疑問は無限にあったのだが、それを聞いた人たちは、特に、ベック氏の権威に関して筆者が投げかけた疑問を、たじろぎながら懸命に否定していた。それは偶像崇拝ではないかと言う筆者に向かって、彼らは言うのだった、「いや、人間の指導者なしに、我々は信仰を保つことはできない・・・」

まさに「本音が出たな」と感じられる瞬間であった。ドストエフスキーの大審問官の姿が心に思い浮かんだ。結局、KFCと同じように、神だけに信者が従うのではなく、人間の指導者に信者を従わせ、人間の作った組織の序列の中に信者を拘束して行くことが本当の狙いなのである。牧師を持たない、指導者を置かない、我々の集会は対等な兄弟姉妹の交わりだから、序列などない、などと言いながら、その舌の根も乾かないうちに、どんな牧師制度よりももっと強力で絶対的な指導者を作り出し、その独裁者の前に信者たちが跪くのである。そして、その指導者を頂点として、信徒たちの序列を作り出し、自分よりも弱く未熟な者たちを自分の配下に従えて行くのである。そんな生活が、主イエス・キリストだけに従う信仰と何の関係があろうか。

到底、分かり合うことのできないその会話の最後を、筆者は次のように締めくくった。「私にはそのような自己矛盾と偽善に満ちた不誠実な理念に基づく集会が、本当に聖書に合致したエクレシアの姿だとは到底、思えません。ですから、たとえそんな集会に集っている偽善的な人々から非難され、罪に問われたところで、私が悪いのだとも思っていません。むしろ、間違っているのはあなたがただと確信しています。」

多分、そうでも言わないことには、それまで集会で受けて来た数々の恩恵を返せと責め立てられかねない雰囲気であった。彼らは非常に憤慨し、筆者を生意気だ、不遜だ、恩知らずだ、と考えて、鼻息荒く責め立てようとしていたが、もうそれ以上のことは、聞いても無駄である。親戚でもなければ、親でもなく、ほんの数ヶ月程度の知り合いでしかない人間から、そこまで言われる筋合いも全くない。筆者も何も言わせず、退席した。

筆者はこうして、その集会でかつては親しくしてくれていた、恩人のようでありながらも、今となっては筆者に尽きせぬ憤りを燃やすようになった信者たちを振り切って逃げた。彼らの知的レベルも、KFCとは異なっていたので、悪魔だとか、イゼベルだとか、ユダだとか、そういう愚かしい非難の言葉が飛び交う、あまりにも馬鹿げて幼稚な修羅場は避けられたが、それでも、ほんの小娘に過ぎない人間が、20も30も年上の複数の信者たちに囲まれて、その非難を交わすのは大変な労力が要る。まるで、カルトである。もちろん、筆者の心には恐れはなく、誤った教えと序列に導かれる団体に対するどうしようもないやるせなさと拒否感があるだけであったが、それでも、町を歩いているうちに、悪徳キャッチセールスにつかまって、怪しげなオフィスに連れて行かれ、理不尽な説得によってさんざん不当な契約を迫られながら、命がけで何とかそれを拒否して逃げて来た市民のような気分であった。

それと並行して、筆者の紹介で、集会に後からやって来たのに、筆者を差し置いて、すっかり集会の「権威」となってしまった長老級の兄弟にも連絡を取ってみた。その際、やはり、筆者の知らないところで、この兄弟が他の兄弟姉妹と筆者の情報を内密にやり取りしていたことを、兄弟自らが白状した。

その兄弟が無言のうちに言わんとしているのは、要するに、こういうことであった。「他の兄弟姉妹に助けを求めても無駄だよ。あなたの弱みは、全部、私だけでなく、彼らももう知っているのだからね。観念して、私たちの言うことに従いなさい。」

こういう事態も、その時が初めてではなかった。何年も前に、やはり筆者が紹介して始まった別の交わりでも、この兄弟はこのように、筆者を中傷することによって、筆者が紹介した信者を筆者から遠ざけ、自分に心酔させた上で、筆者を交わりから排斥しようと試みたことがあったのである。その事件をはっきりと思い出した。そして、やはりあの時起きたことは、筆者が確信した通りだったのだなと理解した。

またしても、筆者は、この人物によって出し抜かれ、交わりを奪われて、弾き出されてしまったのである。だが、そんなことは筆者にとってどうでもよかった。ようやくこの「兄弟」の心の本質が見えたことに、かえってほっとする思いであった。つまり、交わりにおいて自分が教師のように注目されて、その交わりの中心人物となり、交わりを作るために助力してくれた人間を追い出して、それを私物化したい、というのがその「兄弟」の本当の狙いだったのである。

普通の人であれば、いつの間にか、信頼していた人たちに裏切られていたと分かれば、それだけで相当なショックを受けるであろう。だが、筆者にとっては、こうしたことは、すでに気づいていた予定調和的な結末に過ぎなかったので、特に驚かなかった。

だが、その兄弟は筆者から頼りとしている信者を剥ぎ取ったことで、心理的打撃を与えることができたと思ったのであろう。それを機に、彼は強気になって、あろうことか、筆者の方がこの集会に先にやって来て、筆者の紹介で自分がその交わりに出るようになったというのに、完全に筆者を小娘扱いして、明らかに断罪口調で、次のように言った、「ヴィオロンさん、〇×兄弟姉妹に無礼を謝りなさい! あなたの生活には十字架がない! あなたにはちゃんとした教会に所属することがぜひとも必要です!! これからも日曜ごとに〇×集会に出席しなさい!!」

何か現実というよりも、絵に描いた物語のようだと、心の中で呆れる展開であった。ほんの数ヶ月前に、筆者の紹介で、後から来たはずの兄弟が、まるで集会の長年の古参信徒のように、集会へ出席しなさいと筆者に説教して来るのにも恐れ入ったが、それをしかも、常日頃から、「エクレシアは組織ではない」とか、「ベック氏を頂点とする集会のあり方には疑問を感じる」などと筆者に隠し立てなくあけすけに語っていた人が言うだけに、この自己矛盾というか二重性には、心底呆れるのであった。その「兄弟」はリーダーを置かない交わりのあり方を提唱していたので、ベック氏が集会の頂点に立っていることには、もとより感心していなかったのである。

以前の筆者は、今よりもはるかに未熟で、自分の判断に自信がなく、繊細で、感じやすく、周囲の人々の言動に影響されやすく、彼らの助言を相当に重んじていたために、もし突然、身近な兄弟姉妹の誰かから叱られたり、非難されたりすれば、自分に落ち度があったのではないかと思い、あれやこれやと思い悩んだことであろう。少なくとも、深刻なショックを受けたものと思う。だが、この頃には、すでにKFCでの前例があったため、こうした人々の主張にあるカラクリが、予め手に取るように見えてしまっていたのである。

要するに、結局、そこにあるのは年功序列、男尊女卑などの、この世的な数々の差別や弱肉強食の理念と、そうした世的な価値観に基づく地上的な組織・人間関係の中に、信者をからめ取り、支配し、従わせようという欲望だけなのであった。年長者が権威となって年少者に君臨し、目下の人間を犠牲にして、その人間から栄光を吸い上げ、収奪の対象としたいという欲望によって、組織全体が支えられているだけなのである。そこでは、目に見える人間の序列のピラミッドが絶対化され、その中に信者を組み込んで、霊的搾取の材料にするために、各種の説得や感化が試みられているだけで、神や聖書や信仰は、この支配と搾取の体系を正当化するための隠れ蓑に過ぎない。むろん、本当に信仰を持つ信者たちもいるにはいるのだが、この偽りの体系の中では、制約を受け、どうすることもできない。そんなものが、聖書に基づく適切な信仰生活や、信徒の交わりではあり得ない、筆者は今でもそう考えている。

しかも、そこでは、ただ霊的搾取が行われるだけではない。KFCを振り返ればよく分かるように、彼らのひそかな楽しみは、常に誰かに罪人・落伍者・失格者という烙印を押して、彼らを集会から排除する一方で、自分たちは合格者だ、神の選ばれし勝利者だ、選民だ、義人だと優越感に浸り、排除した人間を苦しみに追いやって、自分たちは楽しい行事に邁進して勝ち誇ることにある。

いわば、霊的カースト制を作って、常に誰かを見下し、排除し、懲罰を加え、賤民の階級に投げ落としては、必要のない苦悩を味わわせ、その人々に君臨して優越感を味わうことによって、それを自分たちの「霊的な進歩」の証拠とみなし、高慢な自己肯定の根拠としているのである。もしそのように誰かを見下す優越感がなければ、つまり、排除したり、罰したりする相手がいなければ、彼らの自負心は満たされず、その偽りの「信仰生活」は一歩たりとも前に進まなくなるであろう。もし彼らが心の中では蔑んでいる「賤民」たちが、彼らの正体を見抜き、彼らの魔の手を振り切って逃亡し、反撃し、自由になろうものならば、たちまち彼らの「偉さ」も幻想として失われ、消えてなくなるであろうと思う。

だから、筆者は、そのような考えを持つ人間から、日曜礼拝に出席しないことや、特定の集会に属さないことを「罪」として断罪されても、まるで他人事のように影響を受けることなく、冷静に言葉を返した。「〇〇兄弟、でも、あなたはエクレシアは人間の作った組織ではないとあれほど言っていましたよね。日曜礼拝を義務化している教会は、間違っているし、おかしいとあれほど言っていましたよね。毎週、同じ指導者を見物するために、同じ場所に、同じ時間に、一定のお客が集うなんて、そんなものは神への礼拝でもなければ、信仰生活でもないと、言っていましたよね…。なのに、どうしてあなたは、自分でも間違っていると最初から分かっているものを人に勧めるんですか? どうしてそんな提案に私があえて応じなければならない理由があるんです…?」

その兄弟はさすがに電話口の向こうで苦笑した。「それはそうですが…、ヴィオロンさん、でもね、それは私たちだからこそ分かっていることで、彼らにはその真理がまだ見えていないんですよ。彼らは教会からは出たかも知れないが、まだどういう交わりがあるべき姿なのか、分かっていないんです。だから、自分たちが作っている制度が中途半端で、不完全で、間違っているということも、彼らには分からないんです。彼らの礼拝はまだ不完全なんですよ、ヴィオロンさん。彼らには見えていないのだから、仕方がありません。

でも、問題は、彼らの作った制度は不完全でも、彼らに信仰はあることです。だから、私は一概に彼らを切り捨ててしまうことはできないんです。私はそんな彼らに仕えているんですよ。責めるんじゃなく、仕えているんです。彼らが気づいてくれるようになるまでです。もちろん、彼らが交わりの扉を閉ざすなら、それは仕方がありませんが、そうならない限り、私は彼らにも働きかけます。

あなたにはそういう気持ちはないんですか? あの人たちが、あなたが納得するレベルに達していないから、だから我慢がならないと、あなたは彼らを切り捨てるんですか? 彼らが分かるようになるまで、見守って、助けてあげようとは思わないんですか?」

筆者は憤りを感じつつ、それでも冷静に答えた。「要するに、それは自分には真理が分かっていて、彼らにはそれが見えていないから、真理が分からない可哀想な人たちの目が開かれるまで、自分が彼らの世話をしてあげようという話ですよね。そんなのは、私に言わせれば、親切心でもなければ、謙遜でもなく、兄弟姉妹に仕えることでもないと思います。ただ単に人を上から見下しているだけです。

そんな考えでは、ミイラ取りがミイラになるだけですよ。彼らのほとんどは絶対にベック氏から離れることはないと思いますし、ベック氏に理解を示さないあなたが、ベック氏から離れるようにという影響を彼らに与えることが、彼らにとって本当に益になると思いますか。そんな方法で彼らを目覚めさせ、変えることができるとは私は思いません。むしろ、それは集会に分裂をもたらそうとすること以外の何物でもないのではないでしょうか。たとえベック氏を信奉することが間違っていたとしても、彼らがその罪に自主的に気づくまで、誰にもどうしようもありません。あなたがそれに関わることに何の意味がありますか? 
あなたのしていることは人助けではない。自分の望むレベルに達していないと、心の中で密かに見下し、蔑んでいる人たちをわざわざ相手に選んで、その人たちにかいがいしく上から手を差し伸べ、助け起こし、尽くしてやって、彼らもいつかは自分のように目が開かれて進歩するだろうと思いながら、自分の優しさや親切心に、自分で酔いしれる、それは本当の親切ではないです。

そんなのは高慢であって、奉仕でもなければ、人助けでもない。ただ自分が人よりも優位に立ちたいから、指導的立場に立ちたいから、いつも自分よりも明らかに劣っていて、弱みを抱えて、真理が見えていない人間をそばに呼んで、関わろうとしているだけであって、それは恐れや劣等感から来たことであって、そこには彼らに対する真の敬意がないのです。しかも、あなたの親切は、彼らにとっては全く無用の長物で、有難迷惑でしかないでしょう。

彼らはベック氏から離れないと思いますよ。そんな風に、相手を見下げながら、その人たちの集会をかき回し、分裂に追い込むような関わり続けても無益でしかないと私は思います。間違っていると分かったものからは、ただ静かに離れるだけのことです。自分でも間違っていると分かっているものに、わざわざ関わり続けることは有害です。誤謬の中にある人を目覚めさせようとしても、自分が害を受けるだけです。しかも、誤謬の中にある人を捕まえて来て、その人たちと一緒になって、私を責めようというのではナンセンスです。あなたはまるで私が十字架を経ていないかのように言いますが、真に十字架を経ていないのは、一体、誰なんでしょう?」

2009年9月21日 (月)

この山でも、エルサレムでもなく

「イエスは女に言われた、『女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたがたは自分の知らないものを拝んでいるが、わたしたちは知っているかたを礼拝している。救はユダヤ人から来るからである。
しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである』。」(ヨハネ4:21-24)


 用事にて、何度目かの関東行きを決行して来た。夜行バスにもそろそろ慣れたので、会社によって、バスの内装や停車場所等に、色々な違いがあることが分かって来た。今回、乗車したのは、普通の観光バスを、急遽、夜行バスに仕立てたもの。遮光カーテンがないため、走行中にはトンネルの黄色い灯りがカーテン越しにちらちらと車内に差し込み、運転席の大きな窓ガラスを通して、今、どこを走っているのか、道路標識によってはっきりと確認できる。夜行バスとしては、あまり良いサービス内容とは言えないだろう。

 けれども、そのおかげで、私は初めて、関西から関東への風景の移り変わりを観察することができた。阪神高速を通じて、私が長年、住んでいた兵庫県をバスが走っていた間は、まるで身体の中に方位磁石が埋まっているかのように、すべてが懐かしく、身近に感じられた。高砂、姫路、神戸、西宮あたりを過ぎる頃は、景色から目が離せない。もう二度と会うことのない人たちも含めて、色々な人たちとの思い出が脳裏をよぎる。兵庫県は、至るところに楠の木が植えられているのが特徴の一つだろう。三宮にバスが停車すると、しばらく市街を歩いて、道路脇の地図を見ながら、懐かしい地名を確認した。新開地、元町、六甲ライナー、生田神社…。よその土地にいるという感じは全くなかった。

 それから、バスは大阪方面へ向かった。尼崎、吹田、茨木、高槻、京都を経由して、関東へと抜けていく。残念ながら、大阪名物の太陽の塔は見えなかった。京都を抜けたあたりから、私になじみのない地名が始まったので、そのあたりで私の記憶はとぎれた。
 行きは、見知った関西を離れるのに後ろ髪引かれる思いだったが、帰りは、関西に入るなり、ほっと身体がリラックスする。たとえ窓から見える高速道路の景色をぼんやり眺めているだけであっても、住み慣れた土地を走っているだけで、こんなにも人の心は安心するものなのか、と思う。やはり私は関西の住人なのだな。瀬戸内の空気を離れて、関東になじむことはできるのだろうか?

 帰宅して、眠気と、ぼんやりした意識にも関わらず、あるキリスト者に交わりの長電話をかけた。3時間くらい話したことだろう。きっと、迷惑千万な電話だったに違いない。だが、掛け値なしにキリストを第一として生きている人との交わりは、私にとって、かけがえのないひと時なのだ。それに、私は今、自分の人生に与えられている主の不思議な導きについて、とにかく誰かに語らずにいられない…。

 本当に、神を誉めたたえることには限りがない。主の御業の不思議について語りだせば、どれほど時間があっても足りない。主と共に歩むことの幸せを語り始めると、どれだけ日数があってもきっと足りない。イエスの歩まれた道を歩むことの喜び、その新鮮な驚きと、尽きせぬ不思議さ、そのとてつもない特権について話し出すならば、いつまでも、終りは来ないだろう…。

 ところで、これはあくまで私の予想に過ぎないので、異論がある人たちには、あまり怒らないでいただきたいのだが、私は、エクレシアがキリストの真の花嫁として姿を現す際には、人間の作った礼拝制度や枠組みは、崩壊するのではないかと思う。その、壊れなければならない枠組みの最たるものが、日曜礼拝ではないだろうか。

 日曜日に礼拝をすることそのものに異議を唱えたいわけではない。けれども、日本全国の教会の日曜礼拝に、まるでパッケージのように、一そろいに揃っているあのケア・キットは何なのだろうか。一連のワーシップ・ソングに、司会、祈り、リーダーによるメッセージ、献金、交わり、と言ったような、典型的な礼拝の型。それはこの先、主の御業を自由に表すよりも、むしろ御霊の自由を阻害する人工的な要因として、取り壊されずに置かないのではないだろうか? そもそも、限定的な時空間に、限定された人々が呼び集められてやって来て、そこでパターン化された行動を行い、誰か一人が自分の知識と経験に基づいて、神についてのメッセージを語り、他の全員がそれに耳を傾ける…、そんなことの大まかな繰り返しによって、神が礼拝されるという形式は、この先、人工的に過ぎるものとして、長くは持ちこたえられず、まことの礼拝が現れるに連れて、廃れていくのではないのではないだろうか…?

 「あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る」、と、イエスは言われた。なのに、今日の教会、チャーチ、チャペルといった名のつくところでは全て、この山、あの山に人を集めて礼拝させる形式を用いているではないか? そのような形式は、本来、御子イエスによって終わっており、神への礼拝は、一人ひとりのクリスチャンが神殿となることにより、可動式のものになっているはずである。それに加えて、日曜礼拝という、安息日に限っての特別な礼拝を過剰なほどに重んじる考え方は、イエス時代に、ユダヤ人にあれほどまでも頑なに安息日を守らせようとしていた律法学者、祭司たちの考え方にそっくりではないか?

 イエスは言われた、御父が求めておられるのは、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって神を礼拝することなのだと。問われているのは、形式ではなく、内容である。真の礼拝は、すでに使徒たちの時代から、エクレシアなるクリスチャンのうちに日々、成就し、行われて来たはずである。しかし、どういうわけか、それは今日、教会という限定された場所での、限定された礼拝制度の中に閉じ込められて、可動性を失ってしまった。さらにそれに加えて、各種の集会、セミナー、勉強会、祈祷会、宣教の訓練、などの一連のプログラムが続き、礼拝をシステマチックで固定的なものにしようとの圧力には終りがなくなっている。それら一連の人工的な枠組み(付属物?)が取り払われる時にこそ、真実、全能主にふさわしい、可変可動の、時空間に限定されない、御霊による自由な礼拝が導かれるのではないだろうか…。

 だが、その解放は、決して、誰か特定の人間のリーダーシップに基づく、上からの「礼拝改革案」としてやっては来ないだろう。まことの礼拝は、荘厳で立派な礼拝堂や、こぎれいなチャペルから始まるのではなく、御子イエスの誕生がそうであったように、取るに足りない、発見するのも難しいような、みすぼらしく、人里離れた小さな村の家々や、名もない人々の、ひっそりした集まりから、始まるのではないだろうか。ちょうど、キリストがお住まいになるには、私たちという幕屋が、みすぼらしすぎるように、神の栄光は、この地上にあっては、いつも土の器の中に隠されながら、現されるものだ、そこで、エクレシアにおけるまことの礼拝も、取るに足りない容れ物の中で、ただ主によって、芽吹き、見事に花咲かせていくのではないだろうか…。

 そんなことを、帰りのバスの中で思い巡らしていた。
 私はこの一年間、ほとんど賛美歌を歌うこともなく、声に出して祈ることもなく、定期的に誰か特定のリーダーのメッセージを聴くわけでもなく、どこの団体の日曜礼拝にもほとんど顔を出さずに、信徒との合同の礼拝を抜きにして、過ごしてきた。だが、ふりかえってみると、その全く枠組みというものがない中にも、極めて充実した主とのひと時があった。私はありとあらゆる方法を用いて、主を求め、祈り、それに、主は確かに応じて、私のもとを訪れて下さり、私の祈りを聞いて下さり、私と共にいて下さり、御心を示して下さった。

 この期間がなければ、私は一対一で、主と向き合い、個人的に主を知るということはきっとなかっただろう。

 そういうわけで、今や私にとって、礼拝とは、何か特別な一定の時間帯を指すものではなくなっているし、礼拝形式へのこだわりもなくなった。形式など、何であろうと、あるいは、なくても、少しも構わない。眠っている時間を除いて、あらゆる時間が、キリストへの思いでいっぱいに満たされているのが、キリスト者の最も理想的で、解放された、自然な姿なのではないかと思う。

 2年後くらいになって、「あなたのあの頃の熱心は、一体、どこへ消えたのですか?」と、人から聞かれるようではありたくない。この道を離れたくない。イエスに従うことの喜びと不思議を、この先、ますます深く味わっていける者でありたい。

  「主の教えを喜びとし
  昼も夜も その教えを口ずさむ
  その人は 水路のそばに 
  植わった木のようだ
  時が来ると 実がなり
  その葉は 枯れない
  その人は 何をしても 栄える…」

 

この山でも、エルサレムでもなく

「イエスは女に言われた、『女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたがたは自分の知らないものを拝んでいるが、わたしたちは知っているかたを礼拝している。救はユダヤ人から来るからである。
しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである』。」(ヨハネ4:21-24)


 用事にて、何度目かの関東行きを決行して来た。夜行バスにもそろそろ慣れたので、会社によって、バスの内装や停車場所等に、色々な違いがあることが分かって来た。今回、乗車したのは、普通の観光バスを、急遽、夜行バスに仕立てたもの。遮光カーテンがないため、走行中にはトンネルの黄色い灯りがカーテン越しにちらちらと車内に差し込み、運転席の大きな窓ガラスを通して、今、どこを走っているのか、道路標識によってはっきりと確認できる。夜行バスとしては、あまり良いサービス内容とは言えないだろう。

 けれども、そのおかげで、私は初めて、関西から関東への風景の移り変わりを観察することができた。阪神高速を通じて、私が長年、住んでいた兵庫県をバスが走っていた間は、まるで身体の中に方位磁石が埋まっているかのように、すべてが懐かしく、身近に感じられた。高砂、姫路、神戸、西宮あたりを過ぎる頃は、景色から目が離せない。もう二度と会うことのない人たちも含めて、色々な人たちとの思い出が脳裏をよぎる。兵庫県は、至るところに楠の木が植えられているのが特徴の一つだろう。三宮にバスが停車すると、しばらく市街を歩いて、道路脇の地図を見ながら、懐かしい地名を確認した。新開地、元町、六甲ライナー、生田神社…。よその土地にいるという感じは全くなかった。

 それから、バスは大阪方面へ向かった。尼崎、吹田、茨木、高槻、京都を経由して、関東へと抜けていく。残念ながら、大阪名物の太陽の塔は見えなかった。京都を抜けたあたりから、私になじみのない地名が始まったので、そのあたりで私の記憶はとぎれた。
 行きは、見知った関西を離れるのに後ろ髪引かれる思いだったが、帰りは、関西に入るなり、ほっと身体がリラックスする。たとえ窓から見える高速道路の景色をぼんやり眺めているだけであっても、住み慣れた土地を走っているだけで、こんなにも人の心は安心するものなのか、と思う。やはり私は関西の住人なのだな。瀬戸内の空気を離れて、関東になじむことはできるのだろうか?

 帰宅して、眠気と、ぼんやりした意識にも関わらず、あるキリスト者に交わりの長電話をかけた。3時間くらい話したことだろう。きっと、迷惑千万な電話だったに違いない。だが、掛け値なしにキリストを第一として生きている人との交わりは、私にとって、かけがえのないひと時なのだ。それに、私は今、自分の人生に与えられている主の不思議な導きについて、とにかく誰かに語らずにいられない…。

 本当に、神を誉めたたえることには限りがない。主の御業の不思議について語りだせば、どれほど時間があっても足りない。主と共に歩むことの幸せを語り始めると、どれだけ日数があってもきっと足りない。イエスの歩まれた道を歩むことの喜び、その新鮮な驚きと、尽きせぬ不思議さ、そのとてつもない特権について話し出すならば、いつまでも、終りは来ないだろう…。

 ところで、これはあくまで私の予想に過ぎないので、異論がある人たちには、あまり怒らないでいただきたいのだが、私は、エクレシアがキリストの真の花嫁として姿を現す際には、人間の作った礼拝制度や枠組みは、崩壊するのではないかと思う。その、壊れなければならない枠組みの最たるものが、日曜礼拝ではないだろうか。

 日曜日に礼拝をすることそのものに異議を唱えたいわけではない。けれども、日本全国の教会の日曜礼拝に、まるでパッケージのように、一そろいに揃っているあのケア・キットは何なのだろうか。一連のワーシップ・ソングに、司会、祈り、リーダーによるメッセージ、献金、交わり、と言ったような、典型的な礼拝の型。それはこの先、主の御業を自由に表すよりも、むしろ御霊の自由を阻害する人工的な要因として、取り壊されずに置かないのではないだろうか? そもそも、限定的な時空間に、限定された人々が呼び集められてやって来て、そこでパターン化された行動を行い、誰か一人が自分の知識と経験に基づいて、神についてのメッセージを語り、他の全員がそれに耳を傾ける…、そんなことの大まかな繰り返しによって、神が礼拝されるという形式は、この先、人工的に過ぎるものとして、長くは持ちこたえられず、まことの礼拝が現れるに連れて、廃れていくのではないのではないだろうか…?

 「あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る」、と、イエスは言われた。なのに、今日の教会、チャーチ、チャペルといった名のつくところでは全て、この山、あの山に人を集めて礼拝させる形式を用いているではないか? そのような形式は、本来、御子イエスによって終わっており、神への礼拝は、一人ひとりのクリスチャンが神殿となることにより、可動式のものになっているはずである。それに加えて、日曜礼拝という、安息日に限っての特別な礼拝を過剰なほどに重んじる考え方は、イエス時代に、ユダヤ人にあれほどまでも頑なに安息日を守らせようとしていた律法学者、祭司たちの考え方にそっくりではないか?

 イエスは言われた、御父が求めておられるのは、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって神を礼拝することなのだと。問われているのは、形式ではなく、内容である。真の礼拝は、すでに使徒たちの時代から、エクレシアなるクリスチャンのうちに日々、成就し、行われて来たはずである。しかし、どういうわけか、それは今日、教会という限定された場所での、限定された礼拝制度の中に閉じ込められて、可動性を失ってしまった。さらにそれに加えて、各種の集会、セミナー、勉強会、祈祷会、宣教の訓練、などの一連のプログラムが続き、礼拝をシステマチックで固定的なものにしようとの圧力には終りがなくなっている。それら一連の人工的な枠組み(付属物?)が取り払われる時にこそ、真実、全能主にふさわしい、可変可動の、時空間に限定されない、御霊による自由な礼拝が導かれるのではないだろうか…。

 だが、その解放は、決して、誰か特定の人間のリーダーシップに基づく、上からの「礼拝改革案」としてやっては来ないだろう。まことの礼拝は、荘厳で立派な礼拝堂や、こぎれいなチャペルから始まるのではなく、御子イエスの誕生がそうであったように、取るに足りない、発見するのも難しいような、みすぼらしく、人里離れた小さな村の家々や、名もない人々の、ひっそりした集まりから、始まるのではないだろうか。ちょうど、キリストがお住まいになるには、私たちという幕屋が、みすぼらしすぎるように、神の栄光は、この地上にあっては、いつも土の器の中に隠されながら、現されるものだ、そこで、エクレシアにおけるまことの礼拝も、取るに足りない容れ物の中で、ただ主によって、芽吹き、見事に花咲かせていくのではないだろうか…。

 そんなことを、帰りのバスの中で思い巡らしていた。
 私はこの一年間、ほとんど賛美歌を歌うこともなく、声に出して祈ることもなく、定期的に誰か特定のリーダーのメッセージを聴くわけでもなく、どこの団体の日曜礼拝にもほとんど顔を出さずに、信徒との合同の礼拝を抜きにして、過ごしてきた。だが、ふりかえってみると、その全く枠組みというものがない中にも、極めて充実した主とのひと時があった。私はありとあらゆる方法を用いて、主を求め、祈り、それに、主は確かに応じて、私のもとを訪れて下さり、私の祈りを聞いて下さり、私と共にいて下さり、御心を示して下さった。

 この期間がなければ、私は一対一で、主と向き合い、個人的に主を知るということはきっとなかっただろう。

 そういうわけで、今や私にとって、礼拝とは、何か特別な一定の時間帯を指すものではなくなっているし、礼拝形式へのこだわりもなくなった。形式など、何であろうと、あるいは、なくても、少しも構わない。眠っている時間を除いて、あらゆる時間が、キリストへの思いでいっぱいに満たされているのが、キリスト者の最も理想的で、解放された、自然な姿なのではないかと思う。

 2年後くらいになって、「あなたのあの頃の熱心は、一体、どこへ消えたのですか?」と、人から聞かれるようではありたくない。この道を離れたくない。イエスに従うことの喜びと不思議を、この先、ますます深く味わっていける者でありたい。

  「主の教えを喜びとし
  昼も夜も その教えを口ずさむ
  その人は 水路のそばに 
  植わった木のようだ
  時が来ると 実がなり
  その葉は 枯れない
  その人は 何をしても 栄える…」

 

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